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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)785号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人豊秀夫の上告理由について

民法七〇七条一項にいわゆる証書の毀滅とは、証書を必要に応じて自由に立証方法に供することができなくなつている場合のことをいうと解すべきであるから、証書を有形的に毀損ないし滅失させてその証拠力を失わせた場合に限らず、債権者において債務者又は弁済者に証書を返還してこれに対する支配を失い、これにより右証書を必要に応じて自由に立証方法に供することができなくなつているような場合も証書の毀滅にあたると解して妨げない。

ところで、原判決が確定した事実によれば、上告人は、王子信用金庫に取立の委任をすることにより、昭和五一年六月三日被上告人の札幌支店に対し本件手形を支払のため呈示して手形金の支払を受け、本件手形は、被上告人において現にこれを所持しているところ、被上告人は、昭和五二年一月三〇日の原審第三回口頭弁論期日において上告人に対し本件手形を即時に返還することを申し出てその履行の提供をしたが、上告人において受領を拒絶した、というのであり、右事実によれば、上告人は、被上告人に対し本件手形を引き渡して現にこれを所持していないが、被上告人において本件手形の返還を申し出てその履行の提供をした以上、他に特段の事情のない限り、本件手形を現に所持していないことから直ちにこれを必要に応じて自由に立証方法に供することができなくなつているとすることはできないところ、被上告人による本件手形返還の申出が所論のように時機に遅れたため手形による権利行使が不能又は困難になつた等、上記特段の事情が存在することについての立証はないから、上告人が被上告人に対し本件手形を引き渡したことをもつて民法七〇七条一項にいう証書の毀滅にあたるとすることはできず、これと同趣旨の原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本山 亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 戸田 弘 裁判官 中村治朗)

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